ヒトラーの震え 毛沢東の摺り足

 

20世紀の歴史に登場した偉人の神経疾患について、当時の医学的背景に触れつつ解説している。

冒頭に取り上げられていたアドルフ・ヒトラーパーキンソン病については寡聞にして知らなかったが、小字症や症状スコアを時系列で見せられると説得力がある。

 

特に注目したのはルー・ゲーリックの章で、当時はALSの治療にビタミンEを用いていたようだ。同じビタミンでも現在ではビタミンB12大量投与療法の効果が臨床試験レベルでは検討されつつあるため隔世の感がある。学問は円弧を描きながら進歩するというので、周回してビタミン投与に戻ってきたと解することが出来るのかもしれない。

 

ところで神経疾患は治らないという迷信?があるようだが、これに対する反論は何種類かが知られている。

一つは神経以外の疾患も治っていないことが多いというもの。確かに心不全も腎不全も症状の緩和こそすれど失われた機能を取り返しているとはいえない。がんだって長期間フォローアップする必要がある。

もう一つは早期に診断することで症状を緩和したり進行を遅らせることができるというもの。かつて東京の東の方で働いていた方に聞いた話でこんなケースがある。ある時から急に仕事が出来なくなり、日雇いあるいは生活保護で生活していた中年の男性が受診した。診察室に入ってきたところを見るなり診断がつくような、典型的なジストニアだったようだ。

 

血液腫瘍などで得られた分子的な知見が、いつか本書に出てくる疾患に援用される日が来て、治らないという議論自体が無くなるのかもしれない。月並みな書き方だが、そんな日が来ることを祈る。